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本頁は　農業技術43(3) :142 (1988)　に掲載したものです．

書評　J．M．Poehlman著「Breeding Field Crops．Third Edition」

　　　　　　　　　吉　田　智　彦

　J.M.Poehlmanの名著，「Breeding Field Crops」の第1版が出版されたのは1959年であった。この本は米国のみならず世界各地で大学学部から大学院程度の学生の育種の教科書として，さらに実際の育種家の参考書として広く用いられた。この本の特徴は，著者も序で述べているように育種の基礎事項や各作物の育種操作を記述するとともに，理論やテクニックを実際の育種の面から評価したうえで記述していることであろう。

　そのため読者は，育種の基礎理論と育種方法をバランス良く本書から学ぶことができ，本書が育種を行う場合の良き道しるべとなりうる。育種を行っていくうえでの問題点，戦略の立て方，実際の育種操作，などを生殖機構や遺伝様式の基礎に基づき，各作物ごとに学べる。育種を専門としない人にとっても育種の概要を知る絶好の参考書である。

　育種成果について，ある場合には感動的にさえ記述されている。第2版は1979年に刊行されたが，このたび（1987年）第3版が，旧版の精神はそのまま，内容を最新のものにして出版された。1910年生まれの著者が，おとろえることなく教科書を最新のものに書き改めていく情熱には，ただただ感服するのみである。

　最近わが国でも育種の教科書や総説的な本の出版があいついだが，それらの本は多数の著者によって書かれている場合が多く，ややもすると各著者個人の専門に深く入りすぎた記述の多い傾向がなきにしもあらずである。

　それらの各専門分野の内容を百科辞典的に概観的に知りたいときには，これらの本はまことに便利ではあるが，育種の面からの評価（平たく言えば育種に役立つかどうか）を経た記述ではない場合がときにみられる。これから育種を学ぼうとしている学生や，または育種を始めようとしている実際家にとって，育種の面からの評価が不充分な理論や手法の記述は，森に入って道に迷わせることにでもならないかとやや心配である。

　評者は，これから育種を学ぼうとしている人や既にある程度育種経験のある人が，自分の知識を再整理して育種戦略を立てたり，育種目標を設定したりする場合には，Poehlman著の「Breeding　Field Crops．Third　Edition」を一読することを勧めたい。本文の英語は平易で，内容も解りやすいように記述されている。

　内容の構成自体は旧版と大差なく，序論での育種の歴史と成果に続き，育種の基礎となる生殖様式や遺伝学，染色体数の変異や突然変異（倍数体・半数体育種や突然変異育種の利点・限界の評価とともに），稔性制御機構とその利用，遭伝資源の保存と利用，自殖・他殖・栄養繁殖作物及びハイブリッド品種の育種法，各作物ごと（麦類，稲，大豆，トウモロコシ，キビ，棉，ビート，牧草）の育種法，種子増殖と種子保証，最後に便利な用語集と完備した索引，とからなっている。

　第3版で新たに加わった組織培養の章では，育種家が知っておかなければならない，かつ当面知っておれば充分な範囲で，組織培養，細胞融合，遺伝子操作などの知識を要領よく記述している。作物各論の部分は，当然米国での育種目標や問題点の記述が中心ではあるが，それらの育種原理や育種操作を応用した具体的実例として読めば，理解と興味が深まるであろう。

　本書はできれば，英和辞典と作物・育種用語集を片手に，落ち着いて全体を通読するのがよい。しかしなにぶん大著でもあるので，速習用には，とりあえず第1章の序論を読み，生殖様式や遺伝の知識のある人はそれらの章をとばし，第5，6，7章の染色体変異，突然変異，稔性制御の章，第10，11，12章の自殖，他殖，栄養繁殖作物及びハイブリッド品種の育種法の章に進み，後は各作物ごとの育種法の中からいくつかを選んで読むのがよいと思う。作物各論のなかで，トウモロコシ育種は米国での最大の成果を詳述したものであり，ぜひ目を通すことを勧める。棉の育種も我々にはあまりなじみがないという意妹で興味深い。

　読者がもし稲か麦の育種家で，この本の作物各論の稲麦の部分だけを読んで，この程度ならこの本はたいしたことはない，と判断するのは性急である。自分のなじみのない部分，例えば自殖作物を扱っている人なら他殖作物，他殖作物を扱っているなら栄養繁殖作物，あるいは自分の全く扱ったことのない作物の育種法，または統計遺伝が苦手な人は第4章，などを読むことを勧める。読者に解らせようとする著者の姿勢を感じるであろうし，他分野の育種上の概要や問題点が読者の確かな知識となり，自身の今後の基盤を広げることになるであろう。

　育種を志す人や実際の育種家はもちろん，作物生産にかかわる研究者にも読んで欲しい。大著ではあるが，写真や図表が多く，気軽な読物としても充分楽しめる内容である。

（よしだ・ともひこ　福岡県農業総合試験場二条大麦育種研室長）
「Breeding　Field　Crops．Third　Edition」：J．M．Phoelman著，pp．724．AVI　Publishing Co．，Inc．，Westport，Connecticut, U．S．A．

以上